星のまたたき3

 

 

 ぼくは全力で走っていた。広大な草原に続く一本道を。

師匠との思い出の場所はルーラを使えば一瞬でいける。

でもセントシュタインからあの場所までは自分の足ででもいける。

期待と不安が混ざり合った気持ちを抑えるために走って向かっているのか…

僕自身にもわからなかった。

"自分の目で確かめると良いでしょう"と言っていたセレシアの言葉も気になっていた。

もしかしたら、ぼくが思っていた結果と違っていたら…と言う怖さもあり、時間稼ぎをしていたのかもしれない。

峠の道を超え、小さな丘を超え、ウォルロの滝の終点である湖を越え…

思い出の場所までもうすぐだ。

 

 

 守護天使としての原点だったウォルロ村。

今日もウォルロの滝から轟々と水が絶えることなく流れ落ちていた。

二本の橋を渡り、守護天使の像がある滝の横の高台へ向かった。

 

 「あら、ロエルじゃない。ずいぶんたくましくなったわね〜今日は里帰り?」

 

 馬飼いのお兄さんの隣に住んでいるお姉さんに声を掛けられた。

 

 「あ、どうも久しぶりです。はい、里帰り…みたいなものです。ちょっと用があって…」

 「ふーん、そうなの。あ、そうそう、滝の高台にある像の前に、朝から男の人がずっと立っていて…

何かを待ってるかのように腕を組んで、ジッと像を眺めているのよ。観光で来た人でも無いようだし…あんな物見ていて面白いのかしらね?」

 

 ここからだと、滝の水しぶきが霧になって高台の上まではっきり見えない…でも黒い人影が見えるのは確かだ。

お姉さんに軽く会釈し、高台へ登ってゆく。

 

鼓動が速く大きくなる。まるで体全体が心臓で出来ているようだ。

女神のいのりを渡したことによってイザヤールさんの運命は変わった。

でもあの時ぼくの目の前で…

心臓の鼓動が最高点に達した時、高台の天辺に辿り着く。

 

 イザヤールさんから守護天使の引継ぎをした場所。

名前の無い守護天使像の後ろ、滝の水しぶきが七色の半円を作り出していた。

その前で懐かしくも見慣れた…でも何かが違う後ろ姿がそこにはあった。

 

 

―――思っていた結果。でも信じられない。自然と涙があふれてくる。

 

 

ぼくを初めての弟子として選んでくれた師匠

いつも難しそうな顔をして、厳しい時もあった でもぼくのことを一番気に掛けてくれていた師匠

あの時、僕の身代わりになって散ってしまったはずの師匠

もう二度と会えないと思っていた師匠

 

 

その人が今目の前にいる。

 

 

 お姉さんの言ったとおり彼は腕を組んだまま、守護天使像を眺めている。

滝の流れ落ちる音のせいで、向こうもぼくがいることに気付いていない。

彼の元へ近づく。そして翼の無い背にそっと手を置いた。近くに居るのに涙で姿が歪んでいる。その瞬間こちらに振り向いた。

向こうはぼくが来ることを知っていたかのように、今まで決して見たことの無い、やさしい笑顔で微笑みかけていた。

涙でぐしゃぐしゃになり、驚いた顔をしているぼくを見て苦笑している。

 

 「久しぶりだなロエル。はははっ…わたしの姿を見て、相当驚いているみたいだな…おいおい、泣くなよ…困るではないか…」

 

そう言うと彼は、ぼくの頬に流れ続けている涙を、そっと優しく手で拭ってくれた。

 

 「本当にイザヤールさんなんですか!?本当に…」

 「はははっ…疑り深いヤツだな…翼と光輪は無いが、正真正銘天使時代お前の師匠だったイザヤールだよ…」

 

 

  天使像の方へ向く形でぼくらは地面に座った。イザヤールさんは今までのことを、静かに語り始めた。

 

 「さっき言ったとおり、今のわたしには翼も光輪もない。わたしも…ロエルと同じく人間になったのだ。ガナン帝国城での、あの戦いの時…

ガナサダイと相討ちになり、わたしの剣はガナサダイの体を、ガナサダイの槍はわたしの体を貫いた。

その時だった。300年前に突如天使界に現れた、"星に導かれし者"と名乗る人物から貰った、あらゆる願いがかなうと言われている宝石が、

眩いばかりに輝き始めたのだ」

 

イザヤールさんは滝のほうへ目線を移した。しばらくして再び口を開いた。

 

 「その時わたしは、"わたしの大切な…体にも心にも傷をつけてしまった…その人にこれ以上悲しい思いはさせたくない。

わたしと同じく師匠を無くしてしまう、同じ思いはさせたくない…!"宝石に向かい強く思いを込めて願いごとをした。

そうすると、宝石は砕け散ってしまった。しばらく意識を失っていたが、気が付けばガナサダイの玉座の前。わたしは命を取り留めていた。

願いの叶う宝石…最初は"その者"にからかわれていると思っていたが…それは真実だった…

その後ガナン帝国城を去り、空を見上げた時、通常では考えられないほどの星々が浮遊しているのを見た。

その場でわたしは直感した。天使たちが…星空の守り人になっていったのだと。

わたしも…ロエルに二度と会えぬまま…償いが出来ぬまま、星空の守り人になってしまうのか…そう思った」

 

彼は少し険しい表情になりながら、話を続けた。

 

 「…しかしその時だった。帝国城の前方の青色に輝く美しい木から、わたしの名を呼ぶ声が聞こえたのだ。わたしは木へと向かった。

木に辿り着いた瞬間、それは姿を変え…女神セレシアさまが現れたのだ。セレシアさまはこう仰った」

 

"イザヤール。あなたの命は過去から、大切な人達により救われました。あなたならもう解っていると思いますが…

このまま星空の守り人になったなら、あなたの大切な人…人間になってしまったロエルは一生傷を負い、自分を責め続け地上で生きてゆくことになるでしょう。

そしてロエルに対し傷をつけた。裏切った振りをしていたとはいえ、あなたの行ったことは許されるべきことではありません。

イザヤール、あなたは星空の守り人とならず人間となり、ロエルとともに地上を守って行くこと…それがあなたの命あるかぎりすべき償いです"

 

 「セレシアさまがそう仰った後、天使の証であった翼と光輪は無くなり、わたしは人間になっていた」

 

"今からちょうど、七つの月を経た後、ロエルとの思い出の地へと赴きなさい"

 

 「セレシアさまはそう言った後、姿を消しわたしの前には青い木が立っていた」

 「ぼくに会うまでの7ヶ月の間…旅をしていたんですか?」

 

ぼくは気になってイザヤールさんに問いかけていた。

 

 「ああ。慣れぬ地上の旅は辛く険しいものだった。わたしは自分の足で様々な場所へ赴いた。

天使であったとき人間は、"おろかなる存在"と言う認識しかなかった。しかし旅の途中、様々な人間…いやわたしもすでに人間だが…

彼らに接しているうち、我が師匠であったエルギオスが何故彼らに親密に係わり合い、手助けをしていたのかが…

自分も人間となり、ようやく理解できたことだった…」

 

そう言うと彼はそっと立ち上がり天使像を眺めた。

 

 「今まで言わなかったが…300年前"星に導かれし者"と名乗り宝石をわたしにくれた不思議な人物、あれはロエルだったんだな。

弟子を取る際もしかしたらと思ってはいたが…今日でこれは確信となった。本当お前には心から感謝してるよ。

七つの月を経て再びめぐり合えた。これからはロエルと一緒に地上を守り続けようと思う。

もう師弟と言う関係ではなく、同じ立場の旅の仲間としてだ。これからもよろしくな」

 

手を差し出す。ガッチリと固い握手を交わした後、イザヤールさんはぼくの体を引き寄せ抱き締めていた。

彼から小さく嗚咽が聞こえる。「すまなかった…」とちいさな声が聞こえた。

*****

 

 リッカの宿屋へ戻ってきた。依頼主のラヴィエルさんに報告だ。

 

 「ラヴィエルさん、ご依頼完了ました」

 「ラ、ラヴィエルだと!?」

 

イザヤールさんは相当驚いていたのか、声が裏返っていた。

 

 「久しぶりだなイザヤール。なんだ?わたしがここに居るのがそんなにおかしいか?ロエル、兄を助けてくれてありがとう」

 

兄を助けてくれて…???どういうことなんだろう?ぼくは少し混乱してしまった。

そうか…時空を超えたときに、イザヤールさんが言ってた『妹』ってラヴィエルさんのことだたんだ。

その後イザヤールさんに色々事情を説明した。

 

 「ロエルには言っていなかったが、わたし達は兄妹だったのだ。そう、同時に生まれた…人間で言う所の双子のようなものだ」

 「お前が天使界を去り、長かったが…まさか助けられるとはな…ははは…」

 「わたしは星のメッセージを待っていただけだ。お前を救い出したのは、我が師匠エルギオスとロエルだ」

 「相変わらす素直じゃないヤツだ…」

 

イザヤールさんは苦笑いをしていた。そして真剣な顔になり静かに語り始めた。

 

 「ラヴィエルとわたしは双子だと言う事で、師匠が我々を同じく弟子に取った。わたしは…師匠を心より尊敬していた。しかし…

意見が合わない部分…そう、人間との係わり合い、人間へ対する考え方で反発しあっていた。しかしラヴィエルは師匠の考えに従い、

ある日地上へ行ったきり、天使界へは戻ってこなくなったのだ」

 「わたしは地上に降り立った後、師の考えに従いここで天使を異世界へといざなうための、天使の扉を開くことにした。

ロエル。キミには本当に心より感謝せねばならない。これからもキミの仲間となった兄の力、わたしの力を使い、地上の守り人となってくれ。

わたしも兄も…精一杯協力すると誓おう」

 

そう言うとラヴィエルさんは天井を向く。

言葉では素直に言い表せないが、久しぶりに会った兄であるイザヤールさんに会って、照れくさかったのだろうか。

天使一人、人間二人の会話を、宿泊中の旅人達は怪訝そうに眺めていた。

 

 

 

―――今日もぼくはセントシュタイン側、キサゴナ遺跡の入り口の高台から星を眺める。

空の頂点で唯一動かなかった星は、消えて無くなっていた。

 

 

 

*****Fin

 

 

**あとがき**

星のまたたきを文章化してみたんですが…シナリオどおり沿って書いたのであまり面白味は無かったかもしれません…

師匠が人間になった過程が、ゲーム内ではあまり触れられていなかったので勝手に脚色しました。

わたしの書く主人公は、珍しく上級天使であろうが(長老とセレシアは別格)「さま」ではなく「さん」って呼ぶヤツです。

あくまでわたしの考えですが、たまにはこういう砕けた感じで接する設定もいいと思うんでけどね…

崇められ過ぎている上級天使や、ゲーム中の天使界の会話が息苦しくて仕方ありませんでした(苦笑)

主人公の名前、6と同じくロエルです。9でも同じ名前使ってしまったので小説でも採用することにしました。

師匠が主人公を抱き締めるのは…師匠は口下手そうなので、今までの謝罪の意味を込め思わず感情がこみ上げ、

かわいい弟子を抱き締めた…と言う感じですかね。人間になったので感情が出やすくなったのでしょう。

最初に出てきた、空の天辺で動かない星…あれは師匠だと言う設定です。

 

 

長い文章読んでくださりありがとうございました。

 

2010・0225

管理人

 

BACK サイトTOP 小説TOP