星のまたたき2

 

 

"カサカサカサカサ"

 

 

木の葉がこすれる音がする。

 

 

懐かしい音。

 

 

懐かしい空気。

 

 

―――ここは…

そっと目を開く

 

 

時空を超え、もう存在しないはずの天使界の世界樹の下に立っていた。

 

 

 耳を澄ますと、遠くから声が聞こえる。前を見るとなにやら男天使二人が言い争っているようだ。

片方は…もう二度と会えないと思っていた、ぼくの師匠イザヤール。

片方はもっとも偉大な天使と呼ばれたが、後に悲劇の運命を生き星になった天使エルギオスだった。

 

 

 「師匠!どうしてあなたは、そこまで人間の手助けをするんですか!?今日もまたあなたが守護する、"あの村"へ行くつもりなのでしょう?

神はこう仰った。人間とは悪しき心を持つものが栄え、正しき心を持つもの、弱き立場のものを苦しめる"おろかなる存在"であると。

何故その考えに反し、人間の味方をするんですか?」

 

 

偉大な天使は少しの沈黙後、静かにこう言う。

 

 

 「イザヤール。確かに神はそう仰ったかもしれない…しかし、神の考えておられること全てを、我々が理解することは到底不可能だ。

本当に神が人間をおろかな存在だとお考えになったなら、人間もましてや我々天使もこの世に存在せぬはず。

人間を信じ、悪しきものには正しき方向へと導き出し、正しき心を持つものには、悪しき心を持たぬよう正しき方向のまま導き続ける。

"あの村"で多くの人間に触れ、天使の役目とはこういうものではないかと思い始めたのだ…」

 

 

 そう言うと偉大な天使は方向を変え虚空を見上げた。その後再び彼の弟子の方向に向いた。

 

 

 「事実君のように、人間と親密に関わりあうのを良く思わぬ天使が多くいることも分かっている。でもわたしは人間を信じたい。

しかし…これはあくまでわたしの考え。イザヤール、君は自分の考え、信じているものを貫き通せばよい…」

 

 

そう言うと天使は弟子の肩を軽く叩き、大空へと飛び立っていった。

 

 

 「待ってください、師匠っ!!!!!…ああ…行ってしまった…」

 

 

 彼が飛び立った後、呆然と立ち尽くしている師匠を見つめていた。

ぼくはこのとき時空を飛び越える前に聞いたセレシアの言葉を思い出した。

 

 

"女神のいのりは天使の運命さえ変えることが出来る…このことを、覚えておいてくださいね"

 

 

―――今、イザヤールさんに女神のいのりを渡せば彼の運命を変えられる。

ぼくはいてもたってもいられず、駆け出していた。そして彼の名前を呼んだ。

 

 

 「イザヤールさん」

 「ん?だれだ?」

 

 

 イザヤールさんが返事とともに、こちらを振り向いた。

目と目が合う。イザヤールさんは大きく目を見開き、翼と光輪の無いぼくを見て、何が起きたのか分からないような表情をしていた。

しばらく沈黙が続く。向こうから言葉を切り出す。

 

 

 「…?…君は…もしかして人間?なのか?でも人間が天使界にやってこれるはずも無いし、ましてや人間に天使の姿は見えぬはずだが…

ん?その顔を見る限りわたしに何か用でも有るかのように思えるが…そうなのか?」

 「はい。あなたの仰るとおりです。ぼくは、星に導かれし者。この宝石をあなたに渡すため時空を超えやってきました」

 

 

 ぼくは宝石をずっと握り締めていた。握り締めていた宝石をイザヤールさんに見せる。

 

 

 「星に導かれし者?そのような存在は今まで聴いた事が無いが…いや、それよりもこれをわたしに?

おいおい、待ってくれ。このような美しい宝石をいきなり受け取るわけには行かない…」

 

 

 イザヤールさんは宝石を受け取ることを断った。天使とも人間とも思えぬ翼を持たぬものが急に現れ、

おまけにこんな美しい宝石を受け取れというのだから。

でもこれで諦めたらイザヤールさんの運命は変わらないし、星の願いも叶わない。ぼくも引き下がるわけには行かない。

 

 

 「これはあらゆる願い事をかなえてくれる幻の宝石といわれています。見ず知らずのぼくにこのようなことを言われ、

あなたが戸惑っているのもわかります…でも、あなたにこれを受け取ってもらえないと…ぼくは元の世界に帰れないのです。

…お願いです。どうか受け取ってもらえませんか?」

 「どんな願い事でもかなう宝石??そんなものあるはずが…ははははっ!わたしをからかうのは止せよっ!…

まぁいい。君が元の世界に帰れないというのなら…受け取ることにしよう。お守りとして持っておくよ。」

女神のいのりをイザヤールさんに手渡した。彼はそれを腰にぶら下げている小物入れの中にそっとしまった。

 

 

 「はぁ…それにしても我が師匠の考えていることは良く解らぬ…何故あれほどにまで人間に手を差し伸べるのか…

あの人と同じ考えを持ち、それに従うわたしの妹の心も理解できん。いつの日になるのか、わたしにも弟子が出来たなら…

神の考え、天使界の教えを正しく知ってもらわないとな。ははっ…あっ、すまない…君には何のことやら解るはずが無いのに。

わたしは一体何を言ってるんだろう。もしこの宝石のおかげで願いが叶ったら君にお礼しないとな。ありがとう、星に導かれし者…

いや、そんな呼び方は良くないな。君、名前はなんと言うのだ?」

 

 

 「ロエルです」

 「ロエルと言うのだな。君の名前はずっと覚えておくよ。ありがとう、星に導かれし者ロエル。」

 

 

 イザヤールさんがそう言った後、ぼくは時空を越えるときにも通った白い空間に引き込まれていた。

 

 

―――時空を越え、ぼくはセレシアのいる元の世界の戻ってきていた。

 

 

 「ここは…あ、セレシアさま…」

 「ロエル。おかえりなさい。無事星の願いをかなえることが出来たようですね。

あなたが行った場所は、300年前の星の…いや天使エルギオスの思い出の中。彼は自分の行いで、ただ一人命を落としてしまった弟子イザヤールを、

ガナサダイとの戦いの時から救い出すために、星になった今もわたしに心の苦しみとともに悲痛なメッセージを送り続けていたのです。

ずっと瞬き続けていた星はエルギオスのものだったのです。もう星からの悲痛なメッセージはなくなりやさしい気持ちに包まれています。

そして…今あなたが、女神のいのりをイザヤールに渡したことで、彼の運命は大きく変わったでしょう。イザヤールがどうなったかは…

地上へ戻りあなた自身の目で確かめて下さい。星に導かれし者とし過去へ行き、願いを聞き届けてくれたあなたに感謝します。」

 

 

 「師匠は…ぼくの師匠はどうなったんでしょうか?」

 

思わず口にした。怖かった。でもイザヤールさんがどうなっているのかを確かめたかったからだ。

ぼくがそう言うと、セレシアは慈悲に満ちた微笑でこう言った。

 

 

 「それは、先ほどわたしが言ったとおり、あなた自身の目で確かめるのが一番良いことだと思いますよ。

わたしが口で言ってもきっと伝わらない…さぁ、早く地上へお戻りなさい」

 

 

―――地上

再びセントシュタインへ。すぐにラヴィエルさんへ報告へ向かう。心なしか彼女の表情が柔らかくなってるように思えた。

 「ロエル、星の…いや、エルギオスさまの願いごとを叶えてくれたんだね。わたしからも感謝する。

わたしはキミに帰ってきたら詳しいことを話すと言っていたな。実は…」

 「あ、大丈夫です。全部セレシアさまから聞きましたから…」

 「あ、そうだったのか。ははは…最後の願いを言って星は感謝に気持ちとともに消えてしまった…

ロエルとイザヤールの思い出の地へ…そう言いながら。星の最後の願いだ、キミとイザヤールとの思い出の場所へ行ってくれないかな?

きっとそこにはキミの…いや、何でもない。」

 

 

 

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